散策

2017年04月27日

似て非なる 菖蒲と書いて 何と読む

先日のお花見ランチではあやめも綺麗に咲いていました。
あやめは漢字で書くと「菖蒲」
しょうぶも漢字で書くと「菖蒲」
…ん? そういえば同じですね。

あやめと花菖蒲(はなしょうぶ)は似ていますが、「何れ菖蒲か杜若」(いずれあやめかかきつばた)というどちらも美しく優劣が付け難い意の慣用句があるようにあやめとかきつばたも似ています。
そしてまた調べてみました。

あやめも、花菖蒲も、かきつばたもアヤメ科アヤメ属。
アヤメ類の総称として花菖蒲やかきつばたをアヤメと呼ぶこともあるとか。

あやめは、花びらの根元に大きな網目模様があります。
「あみめ」から「あやめ」という名が付いた説と剣状の細い葉が縦に並んでいる様子が文目(あやめ)模様という説があるとか。
花菖蒲は花びらの根元に細長い黄色の模様があり、かきつばたは花びらの根元に細長い白い模様があります。

生育地を、あやめは乾地、花菖蒲は半乾湿地を、かきつばたは湿地を好みます。

葉が、あやめは細く葉脈もほとんど目立たず、花菖蒲は中央に白い葉脈がくっきり見え、かきつばたは花菖蒲に比べ幅広で葉脈が目立たないそうです。

背丈は、あやめが一番低く30~60cm、花菖蒲が一番高く80~100cm、かきつばたがその中間の50~70cm。

開花時期は、あやめが5月中旬、花菖蒲が5月下旬~6月の梅雨の時期、かきつばたは5月上旬だそうですが、あやめが既に咲いていましたのであくまで目安ですね。
花菖蒲は梅雨時に3日程しか咲かないそうです。

だいぶ見分けがつくように…なったかしら。

ついでに花言葉。
あやめは「良い便り」「メッセージ」「希望」
花菖蒲は「うれしい知らせ」「優しさ」「伝言」「心意気」「優しい心」「優雅」「あなたを信じる」
かきつばたが「幸せは必ずくる」「幸せはあなたのもの」「贈り物」

どれも優しく温かく、思わず笑顔になるような言葉ですね。

ちなみに花菖蒲(はなしょうぶ)はアヤメ科ですが、菖蒲(しょうぶ)はサトイモ科なので全くの別物。
黄緑色の目立たない花が咲き薬草としても用いられた菖蒲を昔は「あやめ」と呼んでいたそうです。
それで葉の形が似ている花菖蒲を「花あやめ」と呼んでいたとか。
あぁややこしい!

また、かきつばたは漢字にすると「杜若」「燕子花」 ですが、中国では「杜若」はツユクサ科のヤブミョウガ、「燕子花」 はキンポウゲ科ヒエンソウ属の植物という全く別のものを指すそうです。
あぁややこしい!

そして、英語ではアヤメ全般が「Iris」(アイリス)ですが、日本で「アイリス」と言うとあやめではなく「ダッチアイリス」や「ジャーマンアイリス」などの西洋種を指すようです。
あぁややこしい!

…でも楽しい(笑)


2017年04月26日

立てば藤 座れば牡丹 八重桜 ~後篇~

この日のお目当てはこれでした!
庭園の入口の「大輪の牡丹が咲きました」の案内に惹かれ。

数輪かと思っていましたが、こんなにたくさん咲いており思わず声を上げました。

顔を近付けると良い香りがしました。

満開の牡丹にはしゃぐ我々。

品種を調べてみましたが、やはりたくさんあり過ぎて分かりませんでした。

牡丹の花言葉は、「風格」「富貴」「恥じらい」「人見知り」
正に風格があり、富貴であります。
でも大輪なので、恥じらいや人見知りは…?(笑)

「立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花」
そんな女性とは縁遠いですが、同じボタン科ボタン属の芍薬と牡丹の違いは?と調べてみました。

まず葉が牡丹は艶がなく葉先が3つに分かれギザギザしています。
でもそうでないものもありました。
芍薬は艶があり全体的に丸みがありそうです。

蕾も牡丹は先が尖っていますが、芍薬は丸みがあるそうです。

牡丹は晩春に咲きますが、芍薬は初夏に咲きます。

散り方が牡丹は花びらが1枚ずつ、でも一気に散るのに対し、芍薬は花の頭ごと落ちるそうです。
椿は葉も落ちますが茎は残りますが、芍薬は葉も茎も枯れるそうです。

芍薬はバラのような香りがするのが特徴のようですが、牡丹も良い香りがしました。
よく耳にするピオニーの香りは芍薬のことですが、英語では牡丹も芍薬も「Peony」
区別の為か牡丹を「Tree peony」、芍薬を「Chinese peony」とも言うそうです。

牡丹は木本性(樹木)で、芍薬は草本性(草)で、牡丹は枝分かれし横に広がりますが、芍薬は枝分かれせずに縦に伸びるそうです。
だから散った後に牡丹は茎が残るのですね。

そしてその姿から「立てば芍薬、座れば牡丹」の言葉が生まれたのですね。





立てば藤 座れば牡丹 八重桜 ~前篇~

桜は散れどもお花見日和。
庭園でランチをしました。

満開前でしたが、藤棚が綺麗でした。

藤棚の下でランチをしました。

藤棚越しの青空も素敵。

フジは、マメ科フジ属。

花言葉は「優しさ」「歓迎」

庭園の入口にあるのは歓迎の意もあるのかしら。



青空に八重桜のピンクが映えます。
まるでブーケのよう!
ですが咲きすぎて花の重みで下がっていました。

八重桜の花言葉は「しとやか」
しとやかで満開の八重桜もとても綺麗でした。

そしてこの日のお目当ては、後篇へ。


2017年04月17日

新選組 歩いて回る ゆかりの地 ~後篇~

次なる目的地は日野宿本陣のすぐ近くにありました。

佐藤彦五郎新選組資料館
佐藤彦五郎は新選組の隊員ではありません。土方歳三の姉が妻で、この家に歳三も寄宿していたそうです。
そして屋敷内に設けられた天然理心流の出稽古場であるには、土方歳三は勿論、近藤勇、井上源三郎、沖田総司、山南敬助、永倉新八らが集い後の新選組の母体となりました。
彼らが旅立つ中、名主として残った彦五郎の元には道場に通った数々の同志からの近況の知らせが届くので、この資料館では近藤勇、土方歳三のみならず、沖田総司、永倉新八など多くの人物からの書簡が展示されていました。
またその内容も山南敬助の死を知らせるものや永倉新八の謹慎の時のものなど彼らの心の内を思い図らされました。
その他、近藤勇から譲り受けた短銃、歳三の鉄扇、京土産など興味深かかったです。
よく目にする近藤勇や土方歳三の写真もこの佐藤家に届けられたもの。
この地域では土方歳三が注目されがちですが、新選組の中心人物を結びつけた佐藤彦五郎の資料館は見応えがあります。
また館長の旦那様からは展示物の説明に加え、大河ドラマ「新選組!」の撮影にご招待頂いた時のエピソードを拝聴することでき面白かったです。

そこから徒歩15分ほどの新選組のふるさと歴史館
建物の写真は撮り忘れましたが、新選組のみならず、当時の日野宿の様子や年表江戸から各宿場を含む大きな地図など分かりやすかったです。

そして、そこからの移動がこの日の一番の難関でした。
駅に戻り電車に乗りモノレールに乗り換え次なる目的へ向かうのは面倒なので歩くことにしましたが、2.4km歩いて30分強の道のりは思っていた以上に遠く長く…。
ジョグならすぐなんですけどね。

土方歳三資料館
言わずと知れた新選組副長・歳三の生家です。

こちらへは3月にも訪問しています。
その時の記事はコチラ

現在「歳三佩刀・和泉守兼定刀身限定公開」期間です。

土方歳三手植えの矢竹
武士になると決意を込めて植えた矢竹だそうです。

そして7分ほど歩き石田寺(せきでんじ)の歳三のお墓にお参りをし、この日の散策を終了。
墓所については先月のコチラの記事をご参照ください。

井上源三郎資料館、日野宿本陣、佐藤彦五郎新選組資料館、新選組のふるさと歴史館、土方歳三資料館、とよく歩きました。

が、合わせてたったの6km。
もっと歩いたと思ったのですが…。
ウォーキングはしんどいですね。

日野駅→0.35km→井上源三郎資料館→0.35km→日野宿本陣→0.24km→佐藤彦五郎新選組資料館→1.0km→新選組のふるさと歴史館→2.4km→土方歳三資料館→0.6km→石田寺→0.9km→万願寺



新選組 歩いて回る ゆかりの地 ~前篇~

暖かいというより暑いくらいの陽気の中、新選組ゆかりの地を歩いて回りました。

桃の花がとても綺麗で見とれていると、その奥に最初の目的地がありました。

井上源三郎資料館
新選組の副長助勤、六番隊組長の生家です。
井上源三郎は、後に登場する佐藤彦五郎に天然理心流を紹介したと言われる井上松五郎の弟で、沖田総司とも親戚関係。
出稽古用に設けられた佐藤道場で近藤勇、土方歳三らと稽古に励んでいたようです。
ご本人に関わる品のみならず、その当時のゆかりの品が数々展示されていました。

そこから歩いて5分程。

日野宿本陣
江戸時代に参勤交代などの大名やお供の者、公家、旗本、幕府役人など身分の高い方々の宿泊所として指定された家。

天然理心流佐藤道場跡碑
今の建物の建設前に敷地内にあった佐藤道場に近藤勇、土方歳三、井上源三郎、沖田総司、山南敬助らが集っていたそうです。

当初は本陣の補完的な役割を担う脇本陣でしたが、幕末期には本陣の役割を務めるようになったようでふ。

都内で唯一残る江戸時代に建てられた本陣建築。

最上位の格式の上段の間と御前の間がありましたが、明治時代に移築されたそうです。

佐藤彦五郎はここを本陣兼自宅として使っていたそうです。

歴史に詳しくありませんが、彼らのように20年近い歳月を共に過ごし活躍した人物が他にいるのでしょうか。

日野駅→0.35km→井上源三郎資料館→0.35km→日野宿本陣



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