散策

2017年06月21日

試合前 後も楽しい ハマスタは

以前は試合開始に合わせ球場入りしていましたが、最近は早めに行くようになりました。
練習を見ることができ、前記事のように日本庭園など知らなかったスポットを見付けることもあり楽しいです。

この日は大きなDB.スターマン達がお出迎え!
横浜DeNAベイスターズの若手選手寮である青星寮で実際に食べられているという「青星寮カレー」と、試合観戦のお供のBALL PARK COFFEEのコーヒー。
ここのコーヒーは選手も飲んでいるとかいないとか。
お酒が飲めないのでこのおしゃれなビールの瓶だけ欲しいです。

試合後にいつもと違う道を通ったら、あら、こんな所に中華街。
思っていたより近かったです。

ハマスタ観戦は試合前も後も楽しいこと満載です。


2017年06月20日

球場の 近くに素敵な 庭園が

横浜スタジアムがある横浜公園内の片隅に何やら門がありました。

「彼我庭園」と書いてあります。
横浜公園は、1876年(明治9年)に開園し当時は外国人(彼)と日本人(我)が利用できたことから「彼我公園」(ひがこうえん)と呼ばれており、そこから名付けられたそうです。

素敵な日本庭園です。
日本庭園に紫陽花がよく合います。
緑と紫陽花と水のせせらぎ。

この中は…
蹲踞と水琴窟がありました。

誤って撮ってしまった写真ですが、何だか良い感じ。

よく行く場所に緑溢れ和やかな素敵な場所があることに気付けて良かったです!


2017年06月12日

チケットが なくても楽しい 歌舞伎座よ

初めて歌舞伎座に行ってきました。

と言っても歌舞伎観賞ではなく、訪れたのはチケットがなくても入れるエリア。

歌舞伎稲荷大明神
ちゃんと御朱印も頂けるようです。

地下2階の木挽町広場には、お土産処や軽食処がたくさんあり、隈取モチーフの品々がどれも可愛く見ているだけで楽しくなりました。

通常はチケットがないと入れない場内のお土産処と喫茶室が、歌舞伎上映中の内の45分のみ一般客向けに開放されており、入ってみるとそこでは上映中の音声が流れており、雰囲気を楽しむことができました。

5階には屋上庭園があります。

歌舞伎作者の河竹黙阿弥が晩年を過ごした邸宅の庭に置かれていた石燈籠と蹲踞(つくばい)いわゆる手水鉢が保存されています。

前歌舞伎座の瓦屋根と、歌舞伎の先人の功績を讃えた「先人の碑」

屋上から「五右衛門階段」を下っていくと「四階回廊」に出ます。
ここには第1期から第4期まで(現在は第5期)の歌舞伎座の建物模型や、歴代の歌舞伎役者さん達の写真などが飾られていました。
見て触って楽しむ有料エリアもありますが、そこはまたの機会に。

次は歌舞伎鑑賞に来れたら良いな~!



2017年06月06日

ゆかりの地 巡るも時代は やや違う

前の記事に書いた江戸東京博物館を楽しんだ後に両国の町を散策しました。

公園の片隅に最初の目的地がありました
勝海舟生誕の地


勝海舟生誕之地

勝海舟幕末絵巻なるものがありましたが、残念ながらゆっくり見る時間はなく…。

後ろ髪を引かれながらもいそいそと、約120年遡り次の目的地へ。 
 
本所松坂町公園 吉良邸跡
一番の目的地はココです。
「忠臣蔵」で広く知られる赤穂浪士の討ち入りがあった吉良上野介義央の上屋敷跡。
この地で…と改めて思うと、足を踏み入れることに臆しました。
入ってすぐに真正面にいらっしゃり、ドキッとし思わず「吉良様」と心の中で呟いてしまいました。
咄嗟に「様」まで付ける私は一体どっちサイド?
横には「首洗い井戸」があり、またその隣には「吉良家家臣二十士」と刻まれた討ち入りの際に亡くなった家臣の慰霊碑がありましたが、何となく怖くて写真は撮れず、それぞれに手を合わせるのが精一杯でした。

松坂稲荷大明神
当時は2,550坪の広大なお屋敷だったそうで、この一角は80分の1程度だそうです

吉良邸正門跡
元禄15年(1702)12月14日、虎の刻(午前4時)の七つ鐘を聞いた後、正門から大石内蔵助以下23名が用意した梯子で邸内に侵入して、内側から門を開け、「浅野内匠家来口上」を玄関前に打ち立てて乱入しました。
 
ここに大石内蔵助が立ち、門を見上げた(…かどうか定かではありませんが)かと思うと、感慨深いものがありました。

一つ前の写真の地図を拡大しました。
赤枠が吉良邸の敷地で、赤い矢印が正門、黄色の星が先程の「本所松坂町公園 吉良邸跡」です。
吉良上野介が討たれたのは、赤枠の中央より上の辺りにあった炭小屋付近とされています。

吉良邸裏門跡
正門のちょうど反対側になります。
この裏門からは大石内蔵助の息子である大石主税以下24名が門を叩き壊して侵入しました。

前原伊助宅跡
赤穂浪士の1人が吉良邸の近くに米屋を開業し様子を探っていたことは知っていましたが、まさかこんなに目と鼻の先とは思いもしませんでした。
堀部安兵衛が隠れ住んでいた道場跡もここから1kmほどで、敵がこんなにすぐ近くに潜んでいたかと思うと恐ろしく、また逆にいつ吉良家の家臣に捕まるかも知れない危険を冒しながら日々を過ごしていた執念を改めて感じました。

この界隈は他にも芥川龍之介の生育の地として縁ある場所が多く、様々な分野の様々な方の歴史ある町でした。



2017年05月22日

トウキョウに 行ったつもり…じゃ なく行った

前記事とその前の記事に書いた博物館、美術館の鑑賞の際に、久し振りに上野恩賜公園を歩きました。

こんなに緑溢れる公園であったことをすっかり忘れていました。
この日は初夏を越え真夏日の陽気でしたが、緑のおかげで幾分穏やかに。

野口英世博士像
像の向こうが国立科学博物館の入口です。

噴水広場で新潟の観光PRイベントが催されていました。

焼き立てののどぐろを頂きました。
この日はここに並んでいる子達が最後。間に合って良かったです!
柔らかく美味しかったです!
PARK SIDE CAFEで締めのコーヒー。
写真は飲み干した後ですが(笑)

テラス席で爽やかな風に吹かれ、沈みゆく夕日を眺めながら、博物館と美術館の鑑賞の余韻に浸りました。


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