2011年02月13日

仲間

ランでお世話になっている皆さんは凄い人ばかりで、私ごときが「仲間」という言葉を使うのは恐縮でずっと避けていたのですが、語彙が乏しく最近はおこがましくも使わせて頂いてます。
・・・すみません(笑)

よく皆さんとはチームなの?と聞かれ、チームではなく仲間が仲間を呼び広がるのだと話します。同じ志の仲間が自然と集まってきます。
チームという枠ではなく、こういう関係を築けるって不思議で、素敵で、凄いことですね。

師弟関係も同じですね。明確な弟子入り表明はなく、境もなく、何となく師弟関係になっていました。ぱっきーさんに言われ、自分が弟子なんだと気付いたくらいです。
当時の私の知人に国際ランナーは2人しかおらず、師匠は神的存在でした。・・・あ、今もです。
今以上にへっぽこだった私は周囲の皆さんに弟子と名乗るのも恐縮で、弟子と言われても返事をして良いものかいつも迷ってました。





で、何の話だっけ・・・。
書いている内に何が言いたいか忘れちゃいました(笑)





とにかく仲間や友達であることをわざわざ宣言したり確認し合ったりせずとも、自然と築いていける、成るべくして成り立つ関係が良いなと感じます。


2011年02月12日

りーんりん♪

昨夜、雪が止んだので雪雲は流れたのだと思ったのに、起きたらまた雪が降っており驚きました。あらあら。

でも雪や雨の合間を縫ってジョグをしました。
風邪が治ってからもずっとマスクランをしていましたが、今日はうっかり忘れてしまい寒さで顔が痛いこと痛いこと。
でも昨日よりはるかに体が軽く感じました。昨日は雪で寒かったせいかしら。それともマスクがなく呼吸が楽だったからかしら。

プールでは少し追い込み気味に泳ぎました。暫くスピード練習をしていないので、今やったら心肺が持つかなぁと不安を感じながら泳いでいたら自然とペースが上がっていました。
脚に負担がかからないから、スイムくらい心肺を追い込んでいこう。

更衣室まで聞こえるくらいの大声で泣き喚いている男の子がプールにいました。
4、5歳くらいでしょうか。子供用プールではなく25mプールで腕浮き輪を付けパパにしがみつきながら「もう上がる!」「ヤダヤダヤダ!」と。
怖いよねぇ。でも大丈夫だよー。と微笑みかけると、一瞬黙りながらもすぐさま「ヤダヤダヤダ!」と(笑) 近くにいるママも苦笑い。

私が3歳くらいの頃かしら。この男の子と同じように深いプールでしがみついていた母に、頭から無理矢理水に入れられた記憶が鮮明に残っています。超スパルタ!

小学生1年生の時の水泳の授業で浮くことさえできなかった私は、自由時間に小プールで友人に手を引いてもらいいつも浮く練習をしていました。おかげで皆より遅ればせながら浮けるようになりました。
鉄棒の逆上がりができなかった時も、放課後に友人とたくさん練習をしやっと出来るようになりました。
教員室にいた担任の先生がご褒美に給食で残った牛乳を持ってきてくれ、牛乳が嫌いの私ですがこの時ばかりは美味しく感じました。

基本的に運動センスがないので、何をするんでも出来るようになるまでに時間がかかります。

小学生1年生の時にクラスで一斉にスタートしたかけっこでも後ろから数番目で、その時に抱いた感情を今でも覚えています。なので3、4年生くらいにリレーのクラス代表選手になった時は凄く嬉しかったです。
低学年の時は毎月あった身体測定で、身長・体重が平均を下回っていたことも幼いながらにコンプレックスでした。
早生まれだから?・・・いえ、大きくなっても変わらないので、関係ないですね(笑)
給食もあまり食べられず、いつも居残りで苦痛でした。今はこんなに大食いなのに~。あの頃の少食に戻りたいものです。

中学生になりバドミントン部に入部しましたが、基本中の基本の打ち方がなかなかできず、部活が休みの日も地域の体育館で友人と練習しました。
高校の時は体育の授業で倒立ができず、昼休みに体育館で友人と練習しました。
体育の先生には「お前は運動神経が悪いというか運動センスがないんだよなぁ・・・」と言われました
大人になってからのスノーボードも色々な友人に付きっ切りで数回教えてもらうも滑れないままそのシーズンを終え、ある友人には「今まで教えた中で一番出来が悪い生徒」と言われました。
翌年になると恐怖心が消えたのかあっさり滑れるようになり、一時は毎週雪山に行く程だいぶハマりました。

いつもいつも友人に支えられ、人より時間をかけ出来るようになってきた不器用な私。でもその分出来た時の喜びが一入です。

で、書きたかったことはこの先なのですが、長いのでまとまらないまま終了~(笑)

昨日の写真を追加。ももちゃんブログから拝借しました
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面倒臭いことは苦手です~。
でも面倒臭いことに振り回される自分自身が一番面倒臭い 
凛と生きたいです、ほんと。凛と。心身共に強くなれ、私。


2011年02月11日

雪ジョグと打ち上げ

昨日は東京も結構な雪が降りましたね 私が目にした今年初の雪でした

そんな中、地元のプールに行きました
雪のせいかとても人が少なく、ウォーキングコースやフリースペースには少し人がいますが、完泳コースには誰もいませんでした。
ここは往路と復路でコースが分かれているのですが、ボーっとしてうっかり往路のコースを逆走…いや逆泳してしまいました
私一人だったので幸いでしたが危ない危ない
勿論、監視員さんに注意されました。いつも利用しているのに何してるんでしょー私

その後、ジョグをしました。雪なので5km程・・・と思いましたが、走り出したら意外と気にならないものですね。結局10km走りました。雨よりマシかも知れません。まぁJOGに限った話ですが

その後は先日の別府大分毎日マラソンの打ち上げに行きました。私は東京でぬくぬくとテレビ越しに応援していただけなので恐縮ですが・・・
都内は雪ではなく雨でした。
皆さんそれぞれに色々なドラマがあり、嬉しい気持ちも悔しい気持ちも全てきっと次のレースの原動力になることでしょう!
今年は女子も参加できましたが、来年はどうなるのでしょう。いつか私も別大を走ってみたいです。

予定より雪が早く止んだのか、心配していた帰りの交通手段に影響がなく良かったです。

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もつ鍋。この山盛りが・・・

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こんな風になりました。美味しかったです♪

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カメラを向けると・・・

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後ろもすかさず反応してくれました(笑)

レースも打ち上げも皆さんお疲れ様でした!


がんは愛に弱い

「がんは愛に弱い…末期だった妻、夫と夢マラソン」

http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20110208-OYT1T00252.htm

末期がんで2年前に医師から「余命3か月」と宣告された滋賀県長浜市の元看護師・泉みどりさん(26)が、病魔に負けずに治療とトレーニングを重ね、昨年暮れにホノルルマラソン(42・195キロ)で完走を果たした。

心身ともに支えたのは、宣告後に結婚した夫の浩太さん(26)だ。2人は5日、同市勝町の六荘公民館で約12 0人を前に〈二人三脚〉の2年間を振り返り、「生きようと思うことが大事。大切な人の愛がそう思わせ、元気をくれた」と語った。

同市内の病院の看護師だった泉さんは、体調に異変を感 じて2009年1月に受診し、胃がんと告げられた。家族の前では 毅然( きぜん) としてい たが、当時、交際していた浩太さんから「みどりの体は僕の体でもある。一緒に乗り越えよう」と言われ、初めて涙を流した。

同年2月、家族や浩太さんは「余命3か月、長くても年を越せない」と医師から告げられたが、泉さんには伝えられなかった。不安を感じた泉さんだったが、余命以外を質問すると浩太さんが答えてくれ、「自分の余命は自分で決める。生きたいと思ったら体は応えてくれる」と考えられるようになった。

抗がん剤による治療を続ける一方、「病気だからこそ夢を持ち、できることをとことんやろう」と、1000個の夢を書き込む「夢ノート」を作った。おしゃれな店で食事する、旅行に行く……とつづった。

浩太さんの応援で、2人で次々と夢を現実に変えていった。同年4月には「結婚しよう」という浩太さんの申し出を受け、泉さんの意志で婚姻届は出さずに、泉さんの誕生日に市内のホテルで結婚式を挙げた。

同年7月頃には症状が改善を見せ、2度目の手術で胃の3分の2を摘出。泉さんは結婚」を説得し続ける浩太さんの思いを受け入れられるようになり、10年4月に婚姻届を出した。

ホノルルマラソン出場も夢ノートには記していたが、この頃から具体的に考えるように。2人でジムに通うなど練習を積み、同年12月12日、浩太さんと一緒に、フルマラソンを約8時間で走りきった。

泉さんは今も、通院治療を続ける。「『がんは愛に弱い』は本当だった! 末期からの復活」と題した講演会で、浩太さんは「今という瞬間を目いっぱい生きる大切さを妻から教わりました」と話し、泉さんは「大きな暗闇に放り投げられた感じでしたが自分は十分幸せだと実感し、人生をリセットできました。夫や支えて下さる人に感謝しています」と話した。

( 2011年2月8日10時25分 読売新聞)

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愛ってなに?と感じることが多い今日この頃。
この記事が道標になる気がしました。


2011年02月10日

レースでの熱い走りは仲間に飛び火します。
つくばから福岡国際、大阪国際、別大へと襷が繋がれました。
たくさんの汗や涙が染みた襷は受け渡される度に重みを増していきます。
きっと横浜国際、東京マラソン、そして名古屋国際へ届くことでしょう。
その襷をこの手でしっかり掴みたいと思います。

今日は降雪予報だったので早く帰りたいところでしたが仕事が山積み…
残業しましたが疲れ果てギブアップでした。結局予定より早く切り上げ帰宅。
まだ雪は降っておらずJOGができ良かったです


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